原作『カウボーイビバップ』の世界観を用いたやる夫系二次創作のWikiです。

※注意事項です
このショートストーリーにはグロ表現があります
そのような表現が苦手な方は読まないことをオススメします
この警告を無視して読んだ場合の責任は自己責任でお願いします



「絶対に――」

薄暗い部屋で少年は呟く

「絶対に僕があの方を連れ帰る…そのために僕はこの火星まで来たんだ――」

決意を秘めた瞳。握った拳からは赤いものが流れていた
どうやら強く握り過ぎているようだ。本人は気付いてなさそうだが…

「くすっ――」

その姿を見て、同じ部屋にいた黒衣の男が目を細め、薄い笑みを浮かべ、少年に尋ねる

「本当によろしかったのですか?」
「……勿論だ。彼等もあの方を――我らが女神を連れ戻す為に殉じた
僕も例外じゃない…この命は既に僕のものじゃない」

黒衣の男の疑問に少年は、一瞬だけ足元の小さなスーツケースに視線を落とすと
当然だ、とばかりに頷き、ポケットから懐中時計を取り出す

「そろそろ時間だ…予定通りに頼むよ。運び屋」
「ええ、依頼通りに……」



「時間通り、だな」

サーガ・アスガルズはそのビルの入り口前に立っていた
とある事情により、必要になったナノマシン研究の最新データとそのサンプル
それも一般に流出しているレベルではなく、軍事研究で使われているような極秘レベルの代物だ
彼女は通訳の仕事を通して得た伝手で手に入れることの出来たそれを受け取る為、指定されたこの場を訪れていた
回転ドアを潜る。しかし、そこには誰もおらず。自分以外が動かない完全な静寂が場を支配していた

「誰もいないのか…?」

――トゥルルルル、トゥルルルル

あまりの静けさに疑問符を浮かべていると、受付のカウンターに置かれている電話が鳴る
受話器の上に置かれていた『それ』を退かすと、ほんの少し眉を顰め、受話器を取り、耳に充てる

「もしもし――?」
「ようこそいらっしゃいました。我々の歓迎は気に入ってくださいましたか?」

聞こえてきたのは男の声。くすっ――と、楽しそうな笑みを浮かべているのが受話器越しにもわかる

「手が汚れたぞ。変なものを受話器の上に置くな」

受付カウンターに置かれた女性の生首を受話器を持った手と反対の手で撫でながら、サーガは男に文句を言う
受話器には女性の生首から流れ出た血がべっとりとついており、受話器を取ったサーガの手も血で汚れてしまっていた

「それは申し訳ありません。そこなら確実に気づくと思いましたので、ところで――」

男はそこで一旦言葉を切り

「奥の方をごらんください。どちらが貴女の好みでしょうか? 女神様…?」
「………………教団の追手、か?」

『女神様』という単語にサーガは眉根を寄せ、聞き返す
男は受話器の向こうで書類を読み上げるような淡々とした口調で

「『サーガ』……地球の英国、ロンドンに存在するシェルター内に本拠地を置くアスガルズ教団の幹部
先天的な虹彩異色症。左右の瞳のうち、右眼だけが黄金色であり、一部では黄金瞳と呼ばれている
その黄金瞳の所為で神の生まれ変わりとして、出産直後に実の親に上層部に捧げられ、育てられてきたが
ある時期より教団を出奔、現在は火星のアルファシティにて翻訳者兼、通訳兼、賞金稼ぎとして活動を行っている――
……私はただの運び屋です。貴女を慕う信者から依頼を受けているだけです、よ」
「依頼か…よく調べたものだな。いや、俺を追っている信者達から聞いたのか…」

よく見れば生首も見覚えのある顔だ。以前、教団内で何度か見たことがある気がする
あそこでは基本的に部屋に籠って本を読んでばかりいたのであまり自信はないが…

「俺は幹部になったつもりはないんだがな…周囲が勝手に言っているだけだ。それで、俺の好みか…?」

奥を見れば人のような形の物体があった。真っ赤な血の海に仰向けに倒れている首のない女性の死体
そして、身体中を鋭利な刃物で切り刻まれている男の死体
その二つの死体を交互にじっと見つめ、見比べて

「女の方の死体の方が俺好みだな」
「理由をお聞きしても…?」

その問いにサーガはふふっ、と笑みを浮かべ答える

「身体の皮に傷が少ない方が後で本の表紙にしやすいだろう?」

運び屋はその答えに受話器の向こうで楽しげに笑みを浮かべる

「なるほど、確かに貴女の感性は常人のそれとは聊か違うようだ。知っていた者の死体を見て、他に何も感じないのですか?」
「動かなくなったら、それはもう「者」じゃなくて「物」だろう?
大事なのは外側じゃなく、中身だ。動かない肉人形に過ぎないそれ自体に、何の感傷をする必要があるんだ?
大切な人だったり、気が向いたりすれば、その人皮を使って本を作るかも知れないが――」

そこで言葉を区切り

「まあ、それ以前の問題として、この惨状を作り上げたお前には言われたくないな」
「流石ですね。見抜かれましたか」
「大方、俺が本物かどうか確かめる為に仕込んだんだろう?
俺がどう答えるか、どう反応するかを試したと言った所か」
「それでしたら話が早い。各階に貴女を試す仕掛けを施しております。最上フロアまでお越しくださいますか?」
「取引の待ち合わせがあるんだがな…ここに取引の仲介役の運び屋が来ていないようなら、このまま出直すつもりなんだが…」

お前に付き合っている暇はない。と、受話器を置き、踵を返そうとした刹那

「それは奇遇ですね。【実は私も取引の仲介としてあるモノを届ける依頼を受けている】のですよ」

聞こえてきた声に置きかけた受話器を再度耳に充てる

「………わかった。最上フロアだな」
「くすっ――、ええ、お待ちしております」

改めて、がちゃり、と受話器を置く
ハンカチを取り出すと手にべっとりと張り付いた血を拭い、サーガは最上フロアに向かい、歩き出した



しばらく進むと狭い廊下が見えた。床に様々な模様の書かれた床タイルの貼られた長い廊下だ
そこに足を踏み入れようとして――

「なるほど、な」

直前で足を止める。模様に巧妙に隠されているが、床タイルには様々な言語で同じ言葉が書かれていた
――『爆発』と……

「気が付かないで踏んじまうと爆発すると見た方がいいか」

適当なものを放り投げて爆破させてみる手もあるが、爆薬の量次第では爆風に巻き込まれてしまう
退避場所があればいいが、長い廊下の一角であり、見渡してもそんなものはない
ご丁寧に周囲の部屋の扉は溶接されており、それだけでも本気の度合いが伺える

「俺なら確実に突破出来て、俺以外だと確実に死ぬ罠、か…っと、ていっ、よいしょ…っと」

『爆発』と様々な言語で書かれた床タイルを踏まないように、慎重に歩く
スカートの裾をあげ、足元をしっかり確認して、慎重に、慎重に――

「ふぅ…」

僅か数十mの距離であったが地雷原を歩いたようなものだ
冷たい汗が額を伝う。汗を拭こうとして

「予備を持って来ればよかったな」

先程血だらけになったハンカチを見て、仕方ないと肩を竦める
道なりに進んでいくと階段が見えた。隣にはエレベーターが設置されているが…

「本当に丁寧な仕事だな…」

ボタン部分が完全に破壊されていた
階段を昇れということだろう。他の通路もガレキが摘まれていたりして
完全に潰されている。他に道はなさそうだ
階段を昇ろうと、手すりに手を――

「また、か…」

金属製の手すり。よくみれば点字で一言。『電流』と書かれていた
どれだけの電圧かはわからないが、触れたらただでは済まないだろう
よく見れば足元の階段にも所々に『爆発』とある。先程の床タイルとまったく同じものだ
このまま似たようなことが続けば、精神が削られ続け、一つのミスで取り返しのつかないことになるだろう
しかし――

「……研究データの為だからな。この程度の事…頑張らないとな…!」

サーガはそんなことは意にも介さないというように、静かに気合を入れると階段を昇り始めた



「随分と無茶をしますね。大切な女神様が死んでもいいのですか?」

監視カメラを介し、端末に映し出された映像を見ながら、黒衣の男が壁に寄りかかりながら
本を読み続けている少年に尋ねる。少年は読んでいた本から顔を上げ

「心配いらないよ。運び屋――Dr.ジャッカル
僕達が崇める女神様が【こんなことで死ぬわけがない】からね」

黒衣の男――Dr.ジャッカルと呼ばれた男はやれやれ、とかぶりを振ると少年に向き直り

「貴方達の女神様はここに至る道の最後の罠を突破したようです
これで本人の確認は終了でしょうか…
満足して頂けたなら次のフェーズに移りたいのですが…そう――」

Dr.ジャッカルはくすっ、と笑みを浮かべ

「彼女を貴方達の教団まで運ぶ仕事を――」

少年は答えず、読んでいた本を閉じると足元の小さなスーツケースを手に取り、テーブルの上に置く
ポケットから取り出したカードを通すことで、それを開きながら

「まだだよ…まだ終わっていない
あの二人の死体への反応。罠への対処。どれも完璧な対応だ
でもね、まだなんだ…まだ足りないんだ…最後の確認が残っている…」
「それは――」

少年が小さなスーツケースから取り出したのは小型の拳銃型の注射器だった
取り出したそれを自分の首筋に充てながら、少年は扉の方に視線を向ける

「本当に彼女が僕達の【女神様なら信者に殺されたりなんかしない】はずだ」

そして少年は引き金を引く



こぽり――

サーガが部屋に入って聞いたのはそんな音だった
目の前には首筋に拳銃型の注射器を押し付けた少年と黒衣の男
黒衣の男はサーガに視線を向けると

「こうやって直接顔を合わせるのは始めてですね。サーガ嬢
私は運び屋のDr.ジャッカル。改めてお見知りおきを――」

Dr.ジャッカルは恭しく頭を下げると、くすっ、と笑みを浮かべ

「挨拶はこの辺りにしまして、実は貴女の依頼の前に先客がありまして」

こぽ、ごぷ、こぼり――

少年の腕が、足が、身体が、肥大化していく
肉の弾ける音が、骨の砕ける音が、それらが混じり合い、別のモノになっていく音が
狭い部屋の中に木霊し、吐き気を催すような醜悪な音を奏で、響き渡っていく

「貴女が彼等の言う女神様だという確認が済み次第、教団本部に運ぶ依頼を受けているのです
貴女の依頼を済ませるのはその後、ということで…どうかご容赦を」

ぐちゅ、ぐちゅり、ごぷ、ごぽ――

少年だったモノは巨大な怪物になっていた
小さな身は、天井まで届く背丈になっており、華奢だった身体は筋骨隆々の身体に変化している
急激に肥大化した為か皮膚ははじけ、真っ赤な筋肉の繊維が表面に浮き出し、所々からドス黒い血が流れている
身体に比べて、首の上にちょこんと乗った頭は元の少年のままである
そのアンバランスさが、滑稽な程の狂気を周囲に滲ませていた
少年の頭を乗せた怪物はサーガに視線を向け

「ああっ! 女神様…! 僕達の信仰するサーガ様…!
その黄金の瞳、その輝きに僕らは魅入られた…!
見てください、僕のこの姿を! 僕は貴女のために! 貴女を護るために! 貴方を連れ戻す為に!
貴女のエインフェリアになったのです…!」

血の涙を流しながら、少年の顔を乗せた怪物は歓喜の声をあげる
サーガは答えずに黙ってその様子を眺めていた
常人ならば発狂してもおかしくない、その様子を眺める彼女の顔は何処か残念そうで

「女神様、どうしてそんな顔をするのです?
ああ、わかりました。僕の力が不安なのですね。ならば見せてあげますね
僕が貴女を殺します。僕みたいなただの信者の女神様が殺されるわけありませんから問題ありませんね
じゃあ殺しますよ。殺せませんよ。見ていてくださいね。貴女を僕が殺す姿を、その黄金瞳で見てくださいね
僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を
僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を
僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を、僕を
僕を、僕を、僕を、僕を、ボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクを
ボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクをボクを
ボクをボクをボクをボクをボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲボクヲ
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ボクヲボクヲボクヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ
ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ――――――ッ!」

少年だったモノの顔を乗せた怪物が腕を振り上げる
丸太のようなその腕に打ち据えられれば、華奢な少女の身は簡単にあっけなく事切れるだろう
しかしサーガはその場から微動だにせず、無表情に怪物を見上げ

「邪魔――」

ただ一言、呟いた

「―――――っ!」

その言葉を聞いた怪物は反射的に振り下ろそうとした手を止めると、飛び退くようにその場から移動する
躾けられた従順な仔犬のように従い、ドアの前の壁を背にして直立不動の態勢を取る
その様子はサーカスの狂暴な獣と、それを躾ける調教師のようにも見えたかもしれない
あまりにも異様な光景に関わらず、黒衣の男は楽しそうに微笑みを浮かべ

「刷り込み<<インプリンティング>>――ですか…」

ぽつりと評する

「絶対服従の暗示――
親ガモの後を歩き続ける子ガモのように、上位者と定めた存在に従い、傅き
追い求め続けるようにする洗脳技術――既に廃れたと思っていましたが
いやはや…まさかこんな場所でお目にかかれるとは」

感心したように頷く黒衣の男に無言で近づいていくサーガ
彼女は男の目の前に立つと先程のことがまるで些事であったかのように

「そんなことよりも――どうするんだ?」
「どうする、とは?」
「……あれだ」

眉根を寄せる黒衣の男に対し、サーガはドアの前の壁に直立不動で立ち続ける怪物に視線を向ける

「あの様子だと、さっき言っていたことが出来ないんじゃないか?」
「……確かにあのままでは彼は貴女が『女神様』だと確認することが出来ないですね
私としてはお客様から指示を頂ければ、すぐにでも貴女を教団まで運ぶ仕事をしたいのですが…
クライアントが確認を厳にしている以上、その行動に口を挟むわけにも行きません」
「それは困ったな。俺も教団に連れ戻されるわけには行かないし…
先客のあいつの依頼が終わらないと、お前から運んできて貰った物を受け取ることが出来ない。八方塞がりだぞ」
「そうですね。まあ――」

狂気じみた空間で行われる。狂人達による普通の会話
置いてけぼりにされた少年だったモノは躾けられた仔犬のように
醜悪な見た目をまるでオブジェクトのように壁に押し付けながら立ち続けていたが

ごきゅ、ばきゅ、ぐちゅ――

急激に肥大化した身体に耐えきれなかったのか、その足が潰れるようにへし折れ、床に倒れ込んだ

「カフッ、ゴフッ、エホッ――メgaaaaMiサ…ゴポ…ォォオォ……」

吐瀉物と血が混じりあった液体が少年だったモノの口から溢れる
その様子を見降ろしながら黒衣の男は言葉を続けた

「依頼人がいなくなってしまっては依頼が達成できません
あの様子では依頼の継続は不可能のようですし、次の依頼に移りましょう」
「依頼料は現物と引き換えだったか――いくら、だ?」
「依頼料は既に頂きました。中々面白いものを魅せて頂きましたので、それが今回の依頼料です」

Dr.ジャッカルは一瞬だけ、事切れた少年だったモノに視線を向けるとサーガに向き直り

「それでは依頼の品です。どうぞお受け取りください」

懐から取り出したのは小さな小瓶と一枚のカード
小瓶の中には液体が、カードにはマイクロチップが張り付いていた

「タンパク質を主成分とするナノマシンのサンプルとその研究データを収めたマイクロチップです
依頼の品はこちらでよろしかったでしょうか?」
「ああ、確かに受け取ったぞ。いい仕事だ。また機会があれば頼むな?」
「ええ、いつでもお待ちしておりますよ」

血だまりに沈んだ少年だったモノには目もくれず、サーガはそのまま部屋から退室しようとする
その様子を見届けながらDr.ジャッカルはふと脳裏に浮かんだ疑問をその後ろ姿に投げかけた

「どうして彼にあんなに残念そうなモノを見る表情を向けていたのですか?」
「あの引き千切れてはじけた皮だと、本の表紙として使えないからに決まっているだろう?」

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